教えない授業

対話型アート鑑賞というものに、しばらく前から興味を持っていました。ただ、いざ学ぼうとすると本がほとんど見つかりません。あっても専門的な研究書か、翻訳された原典か。そんな中で、一番とっかかりになりそうだと思って手に取ったのが、鈴木有紀さんの「教えない授業」でした。Audibleにあったのも大きかったです。

聴き終えて残ったのは、「これなら自分でもできそうだ」という感触でした。入門書に求めるものとして、これ以上のものはないと思います。

実践している人が書いた本だということ

一番良かったのは、理論の解説だけで終わっていないところです。

鈴木さんは愛媛県美術館の学芸員で、2015年から4年間、県内の小中学校の先生方と一緒に「対話型授業」を教育現場に持ち込むプロジェクトを進めてきた方です。本書に書かれているのは、その4年間で見てきたことそのものだという印象を受けました。

たとえば、実際に対話型鑑賞をやるときの手順。子どもがどこでつまずきやすいか。どう問いかければ言葉が出てくるのか。そういう具体的な部分が、かなり細かく書かれています。さらに「もっとこうした方がいい」「こういう失敗が起こりやすいから気をつけた方がいい」という、自分でやってみた人でなければ書けないアドバイスまで踏み込んである。

中でも面白かったのは、話が脱線しそうになったときの扱い方でした。

対話が特定の方向に偏り始めることがあります。誰かの強い解釈に引っ張られて、みんながその一点だけを見るようになってしまう。あるいは、話が作品から離れてどんどん遠くへ行ってしまう。そういうとき、どうやって着眼点を平等にずらして会話を戻すか。その転換のしかたが、本書には具体的に書かれています。

この種の記述は、実際に場に立ったことがないと出てきません。手順を並べるだけなら誰にでもできますが、うまくいかない場面をどう立て直すかという話は、自分でやってみた人でなければ書けない部分だと思います。

このプロセスを追体験しながら準備していけば、自分にもできそうだ。そう思わせてくれたことが、この本から得た一番大きなものでした。

美術に関する本を読んでいると、正しいことが書いてあるのに実感が湧かない、ということがしばしばあります。理屈としては分かるけれど、では自分は何をすればいいのか分からない。本書にはそれがありませんでした。

4つの質問という型

対話型鑑賞の4つの質問 — 場を開く・根拠を作品に戻す・視野を広げる・解釈へ進むの4ステップ図

対話型鑑賞では、4つの質問を使います。

1つ目は「作品の中で見つけたこと、気づいたこと、考えたこと、疑問でも何でもいいので話していきましょう」。2つ目が「どこからそう思う?」。3つ目が「他にはありますか?」。そして4つ目が「そこからどう思う?」です。

聴きながら思ったのは、これは日頃から意識していないと、なかなか問えない言葉だということでした。

1つ目の問いかけは、場を開くためのものです。気づいたことでも、疑問でも、何でもいい。感情でもいいし、作品の端に描かれた小さな点のことでもいい。何を言ってもいいと最初に宣言されることで、発言のハードルがぐっと下がります。ここを飛ばして「この絵をどう思いますか」と聞いてしまうと、答えられる人だけが答える場になってしまう。

2つ目の「どこからそう思う?」は、根拠を作品に戻す問いです。3つ目の「他にはありますか?」は、最初に出た意見で場が固まるのを防ぎます。誰かが強い解釈を出すと、それが正解のように響いてしまうことがある。そこで「他には?」と広げておく。そして4つ目の「そこからどう思う?」で、観察から解釈へと進みます。

こうして並べてみると、この4つは順番にも意味があることが分かります。開いて、根拠に戻して、広げて、進める。どれか一つでも抜けると、対話がどこかで詰まる仕組みになっている。

そして、これは対話型鑑賞に限った話ではないとも感じました。人と話すとき、何かを一緒に考えるとき、日常的に問うべき問いのように聞こえたのです。だからこそ、この型はきちんと理解しておきたいと思いました。

「なぜ」ではなく「どこから」

「なぜそう思う?」と「どこからそう思う?」の違いを示す比較図

本書の中心にあるのは、「なぜそう思う?」ではなく「どこからそう思う?」と問う、という一点です。

これは、なかなか難しい問いだと思います。「なぜ?」の方がはるかに問いやすい。聞く側も言いやすいですし、聞かれた側も答えの形が分かっています。それに対して「どこからそう思う?」は、慣れないと口から出てきません。

ただ、この問いには、事実に即しているという手応えがあります。

美術批評でも同じことを感じます。何かを論じるとき、まず「今、何を見ているか」そのものが重要になる。自分が見えていて当たり前だと思っていることでも、それは100%の共通認識ではありません。もしかしたら、かなり少数派の見方かもしれない。

だから順序が大事になります。まず、何が見つかったのかを客観的に示してもらう。次に、どこからそう思ったのかを問う。理由を尋ねるのは、本当は最後でいいくらいだと思っています。

事実をしっかり把握してもらってから、その事実から何を思うかを分解して考えてもらう。この順序そのものが、対話型鑑賞の要なのだと思いました。「なぜ?」から始めると、根拠を確かめないまま解釈だけが飛び交ってしまう。

それに「なぜそう思ったの?」と聞かれると、詰問されているように感じることがあります。理由を説明する責任が、答えた人の側に生まれてしまう。その点「どこからそう思う?」なら、作品を指させば済みます。答えの根拠が自分の内側ではなく、目の前の絵の中にある。この違いは、場に流れる空気をかなり変えるはずです。

なぜ美術作品でなければならないのか

美術作品・写真・広告・ニュースの比較 — 文脈と評価が付いているかどうかの違いを示す図

読みながら考えていたことがあります。対話型鑑賞の目的が「自分で考える力を育てること」なのだとすれば、教材は美術作品でなくてもいいのではないか、という疑問です。

実際、本書で紹介されている愛媛の実践は、美術にとどまらず国語や理科、社会にも広がっています。本書でも、教科を横断して使われてこそ力を発揮する手法として描かれています。それなら、写真でも広告でもニュース映像でもいいはずです。

それでも美術作品を使う意味は、あると思いました。

美術作品は、とっつきにくいものです。そして、ともすれば「綺麗に描けているか、下手か」「上手いか、下手か」という二元論に陥りやすい題材でもあります。多くの人にとって、絵を見るというのはその判定をすることとほぼ同義になっている。

そしてこれは、絵の話にとどまらないとも思うのです。たとえば人を、外見が整っているかどうかでしか形容できないとしたら、それは「上手い・下手」でしか絵を見られないのと同じ構造です。持っている物差しが一本しかないから、あらゆるものをその上と下に振り分けるしかなくなる。評価の言葉が貧しくなるというのは、そういうことなのだと思います。

でも本当は、そうではない。多様な感じ方や捉え方がある。それを伝えるために、いわば「わけの分からないもの」の筆頭であるアート作品を最初に扱うことには、大きな意味があると思うのです。まずは「上手ければ良い、下手なら悪い」という境界線から、人を引きずり出さなければならない。

一方で、写真や広告やニュースは、私たちが今まさにリアルタイムで受け取っているものです。だから、あらかじめ文脈が付いていますし、世間の評価も存在しています。何となく、どちらに賛成してどちらに反対すればいいのかが分かってしまう状態になりやすい。

その点、美術作品は宙に浮いています。少なくとも初めてその絵の前に立つ人にとっては、何が正しいのかが分からない。だからフラットな目で見ることができるし、意見を言い合う意味も生まれます。

もう一つ大事だと思うのは、「分からない」と口に出しやすいことです。分からないものを前にしているのだから、分からないと言っても恥ずかしくない。この空気があるかどうかは、場の質をかなり左右する気がします。ニュース映像を見せられて「よく分からない」と言うのは、少し勇気がいります。

先ほど、1つ目の問いかけが「何でもいい」と宣言するものだと書きました。あれは発言のハードルを下げる工夫ですが、扱う対象そのものが「わけの分からないもの」であることも、同じ方向に効いています。問いの設計と教材の選択が、同じことを目指している。

分からないと言える。それは、分かったふりをしなくていいということでもあります。美術の前で人が身構えるのは、たいてい「分かっていないと恥ずかしい」と思っているからで、その構えを外すところから対話は始まるのだと思います。

対話型鑑賞が美術館から生まれたのは、たまたまではないのだと思いました。

入門書としての射程

本書は専門家向けではなく、一般の読者に向けて書かれています。実際、難しい話はほとんど出てきません。対話型鑑賞の成り立ち、4つの柱、4つの質問、実際の授業風景、そして場のつくり方。順番に読んでいけば、全体像が掴めるようになっています。

対話型鑑賞は、1980年代にニューヨーク近代美術館で生まれた「VTC」というプログラムに始まります。教育部長だったフィリップ・ヤノウィンさんを中心とするチームが開発し、のちに認知心理学者のアビゲイル・ハウゼンさんとの共同研究をもとに「VTS」へと発展しました。日本では2004年に福のり子さんが京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)で年間必修授業として導入し、ACOP(アート・コミュニケーション・プロジェクト)と名付けました。本書はこうした背景も押さえた上で、教室での実践に落とし込んでいきます。

ちなみに私はAudibleで聴きました。音声で聴いてよかったと思ったのは、対話型鑑賞の実演にあたる場面です。先生と生徒で声色が変わるので、どちらが話しているのかがすぐに分かる。誰かの発言を受けて次の問いが出てくる、その流れがそのまま耳に入ってきます。対話を扱った本なので、音声との相性がいいのかもしれません。

読み終えて、自分でもやってみたいという気持ちになりました。これは入門書として、かなり強い効果だと思います。

さいごに

「教えない授業」は、対話型アート鑑賞について、実践的な内容も含んだ分かりやすい入門書です。

薦めたいのは、対話型鑑賞をやってみたいと思っている人 — と言いたいところですが、それだと的が絞られすぎる気がします。むしろ、人とのコミュニケーションで、何をどう話したらいいか分からないと感じている人にこそ効く本ではないでしょうか。

4つの質問は、そのまま日常で使えます。相手の話に対して「どこからそう思ったのか」を聞く。「他には?」と広げる。「そこからどう思うか」と進める。これができる人とできない人では、対話の深さがまるで変わってきます。会議で意見が出ないとか、子どもの話をうまく引き出せないとか、そういう場面にも応用が効くはずです。

美術館という、一見すると自分とは関係のなさそうな場所から生まれた方法が、実は人と人が話すことの土台に触れている。読み終えてみると、そういう本でした。